叶教授的二次作业点评!(转载)
摘自叶老师的博客,转过来慢慢学习。
回到荣鼎杯全国青年日语翻译(口译)大赛第五段落的作业分析上,仍然有同学存在着“冲关”现象,其根本原因(1)是不理解或者一知半解原文语法。其实,这是课外阅读遇上课堂里没有学过的语法不求甚解所致。只要提高翻译修养,坚持六勤,弄懂以后再翻译。(2)怎么也没找不到准确、鲜明、生动的对应词句。其实,这不是中文水平差,是实践太少和缺乏经验。分析たとえば昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へ当てた恋文という設定である。这是隐主一述(谓)语句,述语是“である”,连用修饰语是“たとえば”,目的语是“設定”,连体修饰语是“昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へ当てた恋文という”。分析该语句,主语是“上海にいる私が”,述语是“当てた”,目的语是“横浜の康子という女へ”,连用修饰语是“昭和四年七月に”,连体修饰语分别是“上海にいる”和“横浜の康子という”。 其实,是来自于“たとえば昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へ当てたという恋文を設定する。应译成下列译文:
例如,虚构在上海的我于昭和四年(公元一九二九年)七月给横滨的康子女性寄去的情书。
翻译过程中,需要注意以下几方面。
1,“昭和”是日本传承中国经典文化的特有年号称呼,必须保留在译入语的译文里,同时配上注解;
2,“ということを(が、である等)”,是日语遣词造句的经典结构。
上述两者同属重要的异文化信息,皆系异文化魅力组成部分。在感受异文化魅力的同时,要牢记它们,这样,有助于中译日时使用地道的日本式日语表述。
実際の私は、昭和十一年生まれなので、そうした「事実」はあるわけはないのだが、こうしたもう一つの過去を現実化して考えると、もう一人の私は、すでに七十四歳だということになる。
这是逆转从主句,即“が”接续助词后面的,是条件从主句式主句,特征是“と”;其前面的,是因果从主句式g从句h,特征是gのでh。像这样结构的语句,属于多重从主句。“あるわけはないのだ”应译成“不可能有”;而“そうした「事実」は的“は”,代替“が”并“提示目的语”。需要注意的语法现象是, “が”有时表示主语助词,有时表示目的语助词。
该从句的句子成分:主语是“実際の私は”,连用修饰句是“昭和十一年生まれなので”,目的语是“そうした「事実」は”,述语是“あるわけはないのだ”。
该主句成分:主语是“もう一人の私は”,连用修饰句是“こうしたもう一つの過去を現実化して考えると”,连用修饰语是“すでに”,述语是“七十四歳だということになる”。
实际上的我,出生于昭和十一年(公元一九三六年)七月,不可能有那样的“事实”,然而将这样的另一个过去虚拟成现实进行思考,另一个我则已经七十四岁。
だが、そうした記憶の迷路へ入って行く楽しみもまた、私自身の体験ではなかったと言い切れるものだろうか?
“だが”的对应词语是“但是”,表示其前面的是连用修饰句,对其后面的主句进行修饰。该主句根据推量语气属于疑问句。主语是“そうした記憶の迷路へ入って行く楽しみ”,“もまた”的对应词语是“也,并且”,表示强调,是连用修饰语;目的语是“私自身の体験ではなかった”,述语是“言い切れるものだろうか?”
但是,持续走入那样的记忆迷宫之乐趣抑或,并且也难以断言这不是我本人的亲身体验吧?!
原文:
“たとえば昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へ当てた恋文という設定である。実際の私は、昭和十一年生まれなので、そうした「事実」はあるわけはないのだが、こうしたもう一つの過去を現実化して考えると、もう一人の私は、すでに七十四歳だということになる。だが、そうした記憶の迷路へ入って行く楽しみもまた、私自身の体験ではなかったと言い切れるものだろうか?”
译文:
例如,虚构在上海的我于昭和四年(公元一九二九年)七月给横滨的康子女性寄去的情书。事实上的我,出生于昭和十一年(公元一九三六年)七月,不可能有那样的“事实”。然而将这样的另一个过去虚拟成现实进行思考,另一个我则已经七十四岁。但是,持续走入那样的记忆迷宫之乐趣抑或,并且也难以断言这不是我本人的亲身体验吧?!
接下来,分析贯通日本语杂志总第十五期翻译擂台比赛原文的第二段,如下:
私の知人で東京大学名誉教授がいるが、彼は、九歳から十一歳まで海外で生活したために、「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」とこぼしていたことがある。現在、海外に駐在している商社マンが子供(特に息子)の教育をとても心配するのは、そのためであろう。しかし、英語やフランス語を使う国民の場合、子供がどんなに長く海外にいたり、また海外の学校へ通っていても、自国の言葉を忘れる恐れはなさそうである。中国人の場合も、華僑の子孫は、漢字を読めなくなっても中国語を忘れないようである。が、海外にいるために日本語をろくにしゃべることのできない日本人は毎年増え続けている。なぜだろうか。
首先分析第一句,即私の知人で東京大学名誉教授がいるが、彼は、九歳から十一歳まで海外で生活したために、「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」とこぼしていたことがある。
这是顺转从主句,接续助词“が”前面是从句,其后面是因果从主句。该句也属于多重从主句。“が”前面是连用修饰句,修饰其后面的整个主句;“彼は”是主语,“九歳から十一歳まで海外で生活したために”是主句里的连用修饰句,修饰其后面属于主句里的主句;“「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」”是目的语,“こぼしていたことがある”是述语。
私の知人で東京大学名誉教授がいるが、彼は、九歳から十一歳まで海外で生活したために、「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」とこぼしていたことがある。
我朋友中间有东京大学名誉教授,由于从九岁到十一岁在国外生活,因而曾一直抱怨:“我这辈子不能自如地运用正确的日语。”
笔译口译时,要充分理解“で”“たために”“たことがある” gこぼしていたh的语法作用,要正确对应“一生涯”“海外”“駆使”“こぼす”等日本式择词思维。“「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」”是隐主一谓句,应该隐词明译,“、”代替“は”。
現在、海外に駐在している商社マンが子供(特に息子)の教育をとても心配するのは、そのためであろう。しかし、英語やフランス語を使う国民の場合、子供がどんなに長く海外にいたり、また海外の学校へ通っていても、自国の言葉を忘れる恐れはなさそうである。
“しかし”前面是疑问从句,其后面是并列疑问主句。“現在”是连用修饰语,“海外に駐在している商社マンが子供(特に息子)の教育をとても心配するのは”是主语,“であろう”是述语,其意也许是吧,“そのため”的对应词语是“那原因”。“場合”可译成假如,时,场合,有时可省略。“ても”,与“どんなに”呼应译成“无论”,与动词组合译成“即便”或“即使”,“たり”和“また”组合表示并列。“恐れはなさそうである”的对应词语是“似乎也不会”。“子供が”是主语。
現在、海外に駐在している商社マンが子供(特に息子)の教育をとても心配するのは、そのためであろう。しかし、英語やフランス語を使う国民の場合、子供がどんなに長く海外にいたり、また海外の学校へ通っていても、自国の言葉を忘れる恐れはなさそうである。
现在,派驻在国外的商业公司职员之所以很担心孩子(特别是儿子)的教育,大凡就是上述原因吧?!可是,使用英语和法语的国民,无论孩子在国外住多长时间,并且即便上国外学校读书,似乎也不会忘记本国语言。
中国人の場合も、華僑の子孫は、漢字を読めなくなっても中国語を忘れないようである。が、海外にいるために日本語をろくにしゃべることのできない日本人は毎年増え続けている。なぜだろうか。
“中国人の場合も、”是一主隐述句。“が”前面是连用修饰句,其后面是主述主句,该主句里的主语是“海外にいるために日本語をろくにしゃべることのできない日本人は”,述语是“増え続けている”,连用修饰语是“毎年”,“なぜだろうか”是隐主一述疑问句。
中国人也是这样,华侨后代即便变得不识汉字,好像也不会忘记中国话。然而,由于住在国外而不能说地道日语的日本人却每年在不断增加。那是为什么呢?!
原文如下:
私の知人で東京大学名誉教授がいるが、彼は、九歳から十一歳まで海外で生活したために、「一生涯、正しい日本語を自由に駆使できない」とこぼしていたことがある。現在、海外に駐在している商社マンが子供(特に息子)の教育をとても心配するのは、そのためであろう。しかし、英語やフランス語を使う国民の場合、子供がどんなに長く海外にいたり、また海外の学校へ通っていても、自国の言葉を忘れる恐れはなさそうである。中国人の場合も、華僑の子孫は、漢字を読めなくなっても中国語を忘れないようである。が、海外にいるために日本語をろくにしゃべることのできない日本人は毎年増え続けている。なぜだろうか。
整个原文段落的译文如下:
我朋友中间有东京大学名誉教授,由于从九岁到十一岁在国外生活,因而曾一直抱怨说:“我这辈子不能自如地运用正确的日语。”现在派驻在国外的商业公司职员之所以很担心孩子(特别是儿子)的教育,大凡就是上述原因吧?!可是,使用英语和法语的国民,无论孩子在国外住多久,并且即便上国外学校读书,似乎也不会忘记本国语言。中国人也是这样,华侨后代即便变得不识汉字,好像也不会忘记中国话。然而,由于住在国外而不能说地道日语的日本人却每年在不断增加。那是为什么呢?!
最后,分析下列原文:
自分の人生をどの程度自分のものに出来たかを測るものさし
该原文结构,系隐主一述句,不过,属于多重述语句,即修饰宾语“ものさし”的是连体修饰句“自分の人生をどの程度自分のものに出来たかを測る”。分析该连体修饰句,该述语的目的语是由“自分の人生をどの程度自分のものに出来たか”疑问句构成,而且时态是“过去完了式”,因此首先得破译该句式目的语的信息。如果在该补语后面加上“することが”,用“握る” 取代“自分のものに(することが)出来た”的“する”,译者也许就不会犯难吧?!如下:
自分の人生をどの程度自分のものに(握ることが)出来たかということを測るものさし
可以译成以下译文:
衡量何种程度能够自己(自我)把握了自己人生的标准
为了不重复两个“自己”,将其中一个“自己”用“自我”取代,用“到”代替“能够”,将连用修饰语“何种程度”调整成“补语”,将“自我把握”拆成“自我”和“把握”。该译文如下:
衡量自我将自己人生把握到何种程度的标准